「一年に一度の夜更かし」

「風呂に行って、一年のあかを落としてこい」。
子供のころの大みそかは、そんな父親のひとことから始まった。
 歩いて一分もかからない所にある銭湯は、大勢の人で込み合っていた。
大みそかに、初めて一人で銭湯に行った時のことを今でもよく覚えている。
たぶん親たちは暮れの支度に忙しく、銭湯がすぐそばにあることから、子供一人でも大丈夫だと思ったのだろう。
ちょっと背伸びをしてお金を払い、風呂から上がったときは、大人になったように誇らしい気持ちがしたものだ。
 大みそかは家族でそろってごちそうを食べたはずだが、その記憶はあまり残っていない。
それよりもうれしかったのは、大みそかは夜中まで起きていられることだった。
あのころは子供が「夜中」という時間帯を経験することはほとんどなかった。それが大みそかの夜は親の許しの元、好きなだけ起きていられる。
 十二時前に近くのお寺に行き、除夜の鐘をつき、お菓子をもらい、その足で神社に行きお参りをする。
そのころの芦別は、鳥居の外まで長い行列ができた。
その後の記憶がないのは、家に着くとすぐに眠ってしまったからだろう。
一年に一度の夜更かしは、こんなふうに終わっていった。
 今は家に風呂があり、ごった返しの銭湯も、除夜の鐘をつきに行くこともない。
テレビをつけると、和やかな笑いにあふれた、あのころの番組の代わりに、腕力が自慢の男たちが、血だらけになって殴り合っていた。
 いまでは大みそかの風景もすっかり変わってしまい、子供の夜更かしなど珍しくもなくなってしまった。